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東京高等裁判所 昭和55年(ネ)2644号 判決

控訴人

油井康夫

控訴人

有限会社斉藤自動車

右代表者

斉藤正文

控訴人

斉藤正文

右三名訴訟代理人

櫻井英司

被控訴人

神奈川三菱ふそう自動車販売株式会社

右代表者

須子田豊春

右訴訟代理人

森英雄

外二名

主文

本件各控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人らの負担とする。

事実《省略》

理由

一〈省略〉

二そこで、控訴人らの留置権の抗弁について検討する。

1  〈証拠〉を総合すると、次の事実が認められる。

(一) 西江興業は、その代表者西川が中心となつて昭和五二年七月に設立された会社であり、同月右一認定のとおり被控訴人から自ら及び西川の妻の直江名義で本件自動車を割賦払の約定にて購入したほか、同年一二月までの間に、横浜日野自動車株式会社、神奈川日産ヂーゼル株式会社、神奈川いすゞ自動車株式会社(新商号日産トラック神奈川販売株式会社)から合計一一台の四トン積ダンプカーを本件自動車同様所有権留保の特約のある割賦売買契約により購入し、以上一五台のダンプカー(いずれもいわゆる新車である。これらを一括して以下「本件ダンプカー」という。)を使い、横浜市港北区師岡町に本拠を置いて土木、運送業を営んでいた。

(二)  西江興業は、昭和五二年一二月末までは本件ダンプカーの月賦金として一か月合計金五八万円余を右自動車販売会社に支払つていたが、昭和五三年一月には極度の資金難に陥り、同月からは右月賦金支払が一か月合計約金一五〇万円となるところ、その支払のめどが立たなくなつた。一方、西江興業は、その設立当初から高利貸の源田義雄より、本件ダンプカー購入の頭金や運転資金にあてるため数回融資を受け、同年一月当時金二〇〇万円の債務を負担していたが、その弁済のため振り出した金額各一〇〇万円、満期を同月一七日、同月二〇日とする約束手形二通の決済資金の調達ができず、これを不渡りとせざるをえない状況となつた。

(三)  このような状況の下で、西江興業の代表者西川としては、このまま放置すると、右借金のかたに源田に本件ダブプカーを持ち去られるおそれがあり、また、本件自動車の分を含め本件ダンプカーの割賦売買契約によれば、買主が割賦金の支払を一回でも怠つたとき、買主が手形を不渡とし、又は銀行取引停止処分を受けたときは、自動車を直ちに売主に引き渡さなければならないものと定められており、いずれ右約定に従い、被控訴人を含む前記自動車販売会社によつて本件ダンプカーを引き揚げられることが必至であると思われたので、これを源田や右自動車販売会社の眼から隠すことを企図し、昭和五三年一月一七日第一回目の不渡手形を出した直後、前年九月ころからその下請として土木の仕事をしたことのある油井工事の現場責任者伊藤直澄に右の事情を話し(その際、本件ダンプカーの中には月賦金支払中のものがあると告げている。)、同人を介して右会社の代表者である控訴人油井に対し、本件ダンプカーの保管を依頼し、とりあえず伊藤の了解の下に同日夜から翌一八日早朝にかけて、神奈川県横浜市港北区内の従前の保管場所から東京都三鷹市内の油井工事の駐車場及びその周辺に本件ダンプカーを運び込んだ。

西江興業は、右第一回目に引き続き、同月二〇日第二回目の不渡手形を出し、銀行取引停止処分を受けた。

(四)  控訴人油井は、電気工事、土木建築を業とする油井工業の代表者として自動車販売会社からダンプカーを所有権留保特約付の割賦売買契約により購入した経験もあり、職業柄右契約の内容について十分知識を有しており、西川から保管を依頼された本件ダンプカーがすべていわゆる新車の状態であることやその台数が一五台にも上ること及び従前の取引状況からうかがわれる西江興業ないし西川の資力、経済状態にかんがみると、本件ダンプカーは右特約付割賦売買契約により購入されたもので、割賦金の支払が未了であることを当然認識していたはずであり、また、遅くとも昭和五三年一月二〇日には西江興業が不渡手形を出したことを知つていた。

そして、同控訴人は、同月一八日及び二〇日に西川と会つて直接同人からも西江興業の窮状及び保管依類の趣旨を聞き、保管中自ら使用し、あるいは下請業者に使用させることもできるだろうとの思惑も手伝つて、西川の保管依頼を引き受けて本件ダンプカーの隠匿工作に協力することとし、同月二〇日西川に要求して、保管料一台一時間五〇〇円、一日金一万二〇〇〇円の約定で本件ダンプカーの保管を控訴人油井に依頼する旨記載された西江興業及び西川作成名義の右同日付保管依頼書(乙第一号証)並びに右保管を更に第三者に依頼する権限を控訴人油井に付与する旨記載された西江興業作成名義の右同日付委任状(乙第二号証)に記名押印をさせた。

そして、控訴人油井は、本件ダンプカー一五台を、同月二〇日過ぎころまでに東京都三鷹市所在の控訴人会社に第一の(一)(二)の自動車を含む七台、同都杉並区所在の新栄モータース及び同都練馬区所在の矢野土木に各一台、千葉県松戸市所在の宮崎組に三台、埼玉県秩父市所在の協栄工事に第二の(一)(二)の自動車を含む三台と分散して転送し、その保管を依頼して各承諾を得た。右新栄モータースは油井工事と取引のある自動車修理業者、宮崎組、矢野土木及び協栄工事はいずれも油井工事の土木工事の下請業者である。控訴人会社は長年車両の修理等を請け負い、油井工事を重要な顧客とし、親密な関係にあり、右七台の保管を引き受けるにあたつては、控訴人油井及び西川から、西江興業の窮状及び保管依頼の趣旨について説明を受け、また、そのころ、車両の外観や車両内に備え付けられた車検証の記載等から右七台がいずれも割賦売買契約により購入され、割賦金の支払が未了のものであることを知つた。

(五)  昭和五三年一月末ころ、西川と控訴人会社の代表者である控訴人斉藤との協議に基づき、控訴人会社は、本件ダンプカーのうち自ら保管中の七台及び他の場所に保管されている七台、合計一四台のボディ、ドア部分に書かれた「西江興業」の表示を抹消し、そのあとに「油井工事」と表示し、ボンネットの後にある「西江興業」と表示されたキャリアー(通称「アンドン」)の取外しを行つた。控訴人油井は、右のようにして「西江興業」の表示をなくすことには賛成であつたが、油井工事の名が表面に出ることを嫌い、その表示を抹消するように控訴人会社に指示した。しかし、控訴人会社はその後右一四台の一部について「油井工事」の表示を抹消しただけであり、控訴人油井も右指示に従つて抹消がされたかどうかを格別確認することもなかつた。控訴人会社はそのころ右作業代金として金四八万円を控訴人油井に請求し、同控訴人は半額の金二四万円を支払つた。

控訴人油井は、控訴人斉藤と相談の上、前記保管依頼書(乙第一号証)について同年二月二日公証人役場において確定日付を得た。

(六)  西川は昭和五三年一月二四日ころ神奈川県横浜市港北区師岡町の自宅を出奔し、次いで、妻直江も行方をくらまし、西江興業ないし直江からの同月末日分の割賦金の支払は全く行われず、被控訴人を含む前記自動車販売会社は西川及び本件ダンプカーの所在を全くつかめなくなつた。その間、西川は同年二月初めころ債権者の眼を逃れて油井工事の寮に身を隠したことがある。

同年三月初め、前記矢野土木に保管されていた一台が売主である横浜日野自動車株式会社に発見され、同月末仮処分の執行により同社に引き渡された。

控訴人油井は、同年四月一一日、被控訴人を含む前記販売会社四社宛に西江興業から各社所有の車両を預かつているので、保管料の支払と引換に右車両を引き取るのであれば連絡されたい旨記載した内容証明郵便を発送し、交渉に訪れた右各社の担当者に対しても、保管料の支払と引換でなければ引渡に応じられないとの強い態度を示した。

(七)  昭和五三年五月二六日ころ、本件ダンプカーのうち神奈川日産ヂーゼル株式会社及び神奈川いすゞ自動車株式会社が販売した三台(当初前記宮崎組に預けられた車両で、そのうちの一台のドアには「油井工事」の表示がされていた。)が、千葉県船橋市内の大陽工藤工事株式会社のケーブル埋設工事現場に保管され、同所で土砂の運搬に使用されているのが発見され、同月末仮処分の執行により各販売会社に引き渡された。

(八)  控訴人油井は、当初前記協栄工事に預けていた第二の(一)(二)の自動車の保管を昭和五三年七月一七日控訴人斉藤に委託し、これを引き渡した。

(九)  被控訴人は、昭和五三年八月二二日仮処分の執行により、控訴人会社の駐車場において第一の(一)(二)の自動車の引渡を受けたが、右執行の際、該自動車の荷台には砂、コンクリート片等が積載されており、使用されていた痕跡が見られた。

(一〇)  控訴人斉藤は、右(八)のとおり保管することとなつた第二の(一)(二)の自動車について、一年余を経過した昭和五四年七月二〇日被控訴人に対し、保管料の支払と引換にこれを引き取るよう記載した内容証明郵便を発送した。そして、右によりはじめてその所在を知つた被控訴人は、同月三一日仮処分の執行により右二台の引渡を受けた(右仮処分執行による引渡の事実は、当事者間に争いがない。)。

以上のとおり認められ、〈証拠〉中、以上の認定に反する部分は前掲各証拠に照らして採用することができず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

2 右に認定したところによれば、判旨控訴人油井は昭和五三年一月二〇日ころ西江興業の代表者西川から本件自動車の保管を委託され、これを占有するに至り、控訴人会社は右同日ころ本件自動車のうち第一の(一)(二)の自動車の、控訴人斉藤は同年七月一七日第二の(一)(二)の自動車の各保管をいずれも控訴人油井から委託され、その占有を取得したものと認められるが、右に認定した一連の事実関係を総合すると、控訴人らはいずれも、被控訴人に対する関係においては、西江興業ないし直江に所有権留保特約付の割賦売買契約により本件自動車を売り渡した自動車販売会社(被控訴人)から、右契約の約定に従い所有権に基づく引渡請求を受ければ、これに対しては自己の占有権原を対抗しえないことになるであろうこと及び右引渡請求のなされることが必至の事態であつたことを知り、かつ、右引渡請求権の行使を妨げることになることを十分認識し、そのような結果を生ずることを目的として、あえて右保管委託を受けてそれぞれの占有を開始し、西川の本件自動車の所在をくらます行為に加担したものと認めるべきであり、このような場合、控訴人らにおいて、右保管委託を受けて保管を継続したことにより保管料債権が生ずるからといつて、該債権に基づき各占有自動車について被控訴人に対し留置権を主張することは、衡平の観念に基礎を置く留置権制度の趣旨に照らし、許されないものと解するのが相当である。

したがつて、控訴人らの留置権の抗弁は、その余の点について検討するまでもなく、理由がないことに帰する。

三そうすると、所有権に基づき控訴人油井及び控訴人会社に対し第一の(一)(二)の自動車の、控訴人斉藤に対し第二の(一)(二)の自動車の各引渡を求める被控訴人の本訴請求は理由があるものとしてこれを認容すべきであり、これと同旨の原判決は相当であつて本件控訴は理由がないから、これを棄却することとし、控訴費用の負担につき民事訴訟法九五条、八九条、九三条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。

(小林信次 浦野雄幸 河本誠之)

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